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現場発!CMOライター

ケアマネのドタバタ!遠距離介護日記(1)
ケアマネにおんぶに抱っこのはずが…

2020/02/03 配信

親が認知症になったら、うまく介護できるかな―。ケアマネだって、所詮は人の子。将来の介護に不安を抱えている方も多いのでは?首都圏で暮らすCMOライター・みいみさんが、親の遠距離介護で得た気づきや視点を、ちょっぴりユーモラスにつづった社会派介護エッセーです。

「高っ!」―。思わず声が出ました。

帰省した実家の居間で掃除機がけをしていたその時、ふと、こたつの上の介護保険料の決定通知に目がとまったのです。

「えっ!?」。思わず二度見です。

「お母さーん、お父さんって、介護保険料こんなに払ってるの?」。台所にいる母に聞くと、「そうなの。高いのよ」と言いながら、母がよっこらしょと居間に上がってきました(土間を改造した台所と居間の間には、40センチほどの段差があるのです)。以下は、母と娘の会話。

  • 私 「お母さん、なにかの間違いじゃない?」
  • 母 「そうでしょ。私もこの間、町役場に行って窓口でそう聞いたのよ。でも『間違いないです』って言われたの」
  • 私 「そうなの?すごく高いねぇ」
  • 母 「窓口の人、『まともに払える人が少ないから、取れるところから取るしかないんですよ、お気の毒ですが…』だって。町の税金も高くなって、介護予防教室でみんな、通知が来てびっくりしたって言ってるよ」
  • 私 「うわー!」
  • 母 「お父さんの払う介護保険料で、払えない何人かが助かってるんだって考えると、なんだかねぇ…」
  • 私 「…」
  • 母 「その人たちは、1割とかタダで、デイとか買い物の手伝いとか使ってるのに、うちは2割払わなければと思うと、介護保険なんか使う気にもならないのよっ!」
  • 私(うわ、始まった!毎度のことだけど、私に怒っても…)

その1年半後、すったもんだの末、父は要介護、そして母は要支援になりました。

私は数年前まで、介護離職して、過疎の町に住む父母を看取ることを考えていました。でも、認知症の父とは同居できても、はっきり言って、“中途半端”に元気な母との同居は無理無理!

「さあ、今度は私が担当ケアマネさんにおんぶに抱っこよ!」。実家からの帰路、すがすがしい気持ちで羽田行きの飛行機に乗ったものです。

し・か・し…その後の数カ月間の残念な状況は、私のケアマネ人生の中でも、十本の指に入るものでした。

数々のエピソードがありますが、特に参ったのは、母にいくら介護保険のことを説明しても、全然頭に入らない。誤解して覚えては、「介護保険なんて使いづらい」「なんでこんなに使えないの?」「介護保険なんて使わなきゃ良かった」と、二言目には怒り出す始末。

おかしいなぁ、母は父のことで少し鬱っぽくはあるけど、認知力は年相応のはずなのに…。私は首をひねりました。でも最近になって、なんとなくわかってきたんです、何度説明しても、話が通じないわけが。母の頭の中では、「介護保険=オレオレ詐欺」ぐらいの高い不信感の壁があったのです。

医療費無料、お気楽なはずの老後が…

ここで軽く、父母の人生を振り返ってみましょう。

二人共、昭和10年代生まれ。時は戦時中、父の父は硫黄島で自決、母の父は6年間シベリア送りと、壮絶な家庭で育ちました。幸い、お互いの生家が比較的豊かな農家だったので、悲惨な生活ではなかったそうです。

結婚後は転勤族となりましたが、最終的に東京に居を構え、落ち着きます。

父母がそろって60代だった1970年代、高齢者の医療費は無料となり、人並みに働けば、貯金の利息と年金で、親と同じような老後を過ごせると思い込んでいました。当時、養老院や老人病院のちょっと引いてしまう状況をTVで見てドキドキしながらも、「まぁ、子どもが同居してなんとかしてくれるだろう」と、お気楽に考えていたことでしょう。

比較的恵まれて育ったので、人が良く、頼まれたら断れない。遠い親戚の借金の肩代わり等、お金の管理は下手でしたが、定年退職時にはなんとか、数千万円の貯金もできました。

介護保険は得体の知れない“押し売り”

ところが、平成に入って介護保険が始まります。

最初は少額だったので、きっと、「まあ、こんなものでお国のためになるなら」と思っていたことでしょう(敗戦後の黒塗り教科書は衝撃的でしたが、物心つくまでに刷り込まれた「お国のため」という言葉は、そうそう抜けません)。

東京から故郷に帰った両親、特に母は、しょっちゅう海外旅行に出かけるなど、最初は楽しく過ごしていました。ところが年々、嘘のように町の税金は高くなり、介護保険料も高額に!「定年後は、田舎で死ぬまで悠々自適」。60代に夫婦が描いた目論見は、大きく狂ったのです。

 

つまり、母にとって介護保険は、いきなり訪問してきた、得体の知れない“押し売り”のような存在なのです。 だから、誰かが介護保険について一生懸命説明しても、心の中では耳を塞いでいるのでしょう。それでは、まともに頭に入るわけはありません。

私の脳裏に、今までに担当した利用者さん数人の顔が浮かびました。やはりどんなに説明しても、介護保険をなかなか理解されなかった方々です。「国は、後期高齢者は早く死ねということだな」とおっしゃる利用者さんもいました。実の両親を介護する身となり、その方々の心情をより深く理解できるようになったかもしれません。

介護保険料の地域格差は最大3倍、一番高いのは沖縄だそうです。父母の住む町は沖縄ではありませんが、過疎で生活保護の高齢者が多く、在宅サービスが少ない上、東京とは違い、すぐに施設入所できるため、介護者が同居していても、施設に入る方が多いそうです。介護保険料が高くなる条件がそろい、町に払う税金も高くなるわけです。

地域格差は、私の人生にとっても大きな問題。いつか田舎の家に住み、自分の畑を耕してのんびり暮らす―。私の子供の頃からの夢も揺らいでしまう、今日この頃です。

登場人物

みいみ

みいみ(私)
50代、首都圏在住。リケジョ後、子育てに専念。シンママとなり、2003年から介護職。ケアマネ歴4年。

両親

両親
紫綬褒章同等の勲章を持つ父はプライド高め。アルツハイマーと脳血管型混合の認知症を抱える。認知症はないが、過干渉で面倒な性格の母。地方の過疎の町、“ダンジョン”だらけの古民家で二人暮らし。

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