vol.2 リハビリテーション科医が解説する高齢者の嚥下と食事
第2回は、高齢者の問題のなかでも特に気を遣う「嚥下」について、国立国際医療研究センターリハビリテーション科の藤谷順子先生にお話を伺いました。
藤谷先生は、“嚥下”を自らのサブスペシャリティとして位置づけ、研究や講演臨床に精力的に取り組んでいます。
高齢者の嚥下で気をつけるべきこと、そしてケアマネジャーに期待することをわかりやすく解説いただきました。
高齢者の食事のポイント
「脳卒中による嚥下障害」と「誤嚥性肺炎で見つかる嚥下障害」その違いとは?
高齢者の嚥下障害の臨床病態は、大きく分けて2つあります。脳卒中の発症によって引き起こされたものと、誤嚥性肺炎の発症によって気づかれた嚥下障害です。
脳卒中で嚥下障害をきたした場合、手足のリハビリ同様、嚥下機能もリハビリの大きなテーマとなります。障害の程度にもよりますが、脳卒中発症による嚥下障害は、リハビリによってある程度回復が見込めます。また本人も自覚があるため、熱心に訓練に取り組もうとします。
一方、今まで食べていた人が肺炎を起こして入院し、嚥下障害が見つかる場合もあります。加齢によって嚥下機能が低下している場合には、嚥下障害の自覚に乏しいため本人もなかなか認めたがりません。そこへさらに小さな不具合、たとえば古い小さな脳梗塞や高血圧・糖尿病による脳虚血、あるいは抜歯や合わなくなった義歯、体力低下、呼吸器疾患などが積み重なり破綻して誤嚥性肺炎を発症した際には、訓練による“嚥下機能そのもの”の劇的な改善は難しいのです。しかしながら、原因が複合的であるからこそ、さまざまな方法の“合わせ技”で、肺炎をできるだけ予防することは可能です。
「リハビリ」とは本人が満足できる状態を目指すこと
リハビリの基本的な考え方は、単に「治す、治さない」ではなく、いまの機能によって本人がどのような制限を受けているか、その制限をできるだけなくして満足できる生活を送るにはどうすればよいかを考えることです。
嚥下障害自体の改善も目指しますが、嚥下障害があっても外食をしたり、旅行に行けるという自信をもつことができれば、QOL(生活の質)は向上します。胃瘻で旅行に行く人だってもいます。反対に、症状は軽くても、医師や受けた医療・説明に不満があったり、不安が強ければ、生活の質は下がります。
つまり回復の目標は、症状の改善だけでなく、生活上の不利益からの脱却、満足感やライフスタイルなど、さまざまな層にあるのです。
リハビリは、病院で行う訓練だけを指すわけではありません。在宅でのケアもリハビリですし、適切な食事や全身運動も嚥下のリハビリになります。
また、入院中が必ずしもリハビリに向いている時期とは限りません。たとえば誤嚥性肺炎で入院した場合、肺炎を起こしている時点ですでに体の防衛機能が破綻し全身状態が悪化しているため、入院直後の訓練でめきめき筋力がついてくるということはありません。
そのため、そのような時にはいったん胃瘻にしたり食形態を変えたりして、まずは安全に熱を出さず栄養をとれる体制を構築します。そして退院後にじっくり体力がついてくれば、嚥下機能が改善してくることもあります。
誤嚥性肺炎を防ぐには“不調のサイン”を見逃さないこと
いったん誤嚥性肺炎を起こすと、さまざまな悪循環が生じるため、在宅や施設にいる高齢者はとにかく誤嚥性肺炎を起こさないことが大切です。そのためには、普段の生活で体の不調を表すサインが出た時に見逃さないことが重要です。
こんなサインが出たときは注意!
- 食べる量が減った
- 息切れしやすくなった
- 食べるのが遅くなった
- 咳き込みやすくなった
- 散歩の時間や距離が短くなった
- 軽い脱水を起こした
- 体重が減った
- 歯を磨いていない・ろくにうがいをしていない
このようなサインが出たら、まず体重を落とさないように食事面に気をつけます。食事の回数、内容、食形態や献立を見直し、どうすれば必要な量を食べられるか考えます。
また、口腔ケアをしっかり行いましょう。今ある歯をなくさないようにすることも大切ですし、義歯の調整をサボっている場合には歯科で調整してもらいます。義歯をはずした口も、しっかり洗ってうがいすることが重要です。ぶくぶくペッとする「うがい」は、口唇や頬のよい訓練にもなります。口唇や頬は咀嚼においてとても重要な働きをしています。また口唇を閉じないと、ものを飲みこむことにも不都合が生じます。歯みがきのときは7回を目安にうがいをするようにしましょう。
家の中だけにいるのもよくありません。体力がつかず、また買い物にも出なくなると食べるものが偏り、栄養が不足します。外出すること、そして、ラジオ体操なり、好きな体操でも、その人に合ったレベルの運動を続けることをぜひ勧めてください。
どうすれば高齢者の行動を変容させることができるか?
食事でも運動でも、言われたとおりにできる人ばかりではありません。そういう人の行動を変えるには、まずなぜそれをしなければいけないのか説明し、納得してもらう必要があります。
また、本人が納得していざ「やろう」と思っても、なかなか行動に移せないことも多いのです。なぜなら、「食べないといけない」ことはわかっていても、実行するためのスイッチが入っていないからです。
そんなときは、その人の生活の中で「少しでも自分のことを気にしてくれる人がいる」と感じられることが大切です。人間は「自分のことを気にしてくれる人がいる」ということがとても大切なのです。
行動を変え、習慣づけていくのはとても時間がかかることです。説教すればすぐできるというものではありません。誤嚥を起こした人に「嚥下機能が低下しています」と言っても、本人は認めたくありません。「嚥下障害」とレッテルを貼るような言い方よりも、「100発100中うまく食道に入らなくなっているので、こういうことに気をつけるといいですよ」と言って注意を促したり、「もう少し体重が増えれば誤嚥性肺炎の心配も減るので、がんばって食べませんか」と、「やればメリットがある」「まだよくなるチャンスがある」ことを提案する言い方をするのが効果的です。
高齢者は、健常者と嚥下障害者との区別がくっきりつくわけではありません。だからこそ、こちらからいくつかの選択肢を提示し、そのなかから自分で選択してもらうことが大事なのです。どのような提案をするかは個々によってさまざまです。日ごろから観察して、どういう提案なら受け入れてもらえるかを考える。そういう姿勢が重要と考えています。
次ページ>> 食べる楽しみを奪わず良好な関係を築くには?