vol.9 胃ろうから経口摂取へ、退院困難者を救え!
第9回のインタビューは、鶴見大学歯学部の高齢者歯科学講座で講師を務める菅武雄先生です。先生は、日本老年歯科医学会が認定する「摂食機能療法専門歯科医師」。病院で経管栄養の状態になった高齢者が退院後、再び口から食べることができるよう、摂食・嚥下リハビリの専門家として現場を駆け回っておられます。
菅先生には、第5回にもご登場いただきました。そのインタビューの中で菅先生は、「すべての職種がそろう病院とは違い、在宅はそれぞれの職種が相互補完するチーム体制でなければ、嚥下や栄養の問題には立ち向かえない」と強調した上で、ケアマネジャーへの期待を込めて、こう話しました(vol.5 多職種連携から、相互補完しあうチームへ)。
「ケアマネジャーは、ケアの展開のしかたが変わりつつあることを認識する必要がある。この流れについてこられなくなり、現場に呼ばれなくなったら大変です。各職種の特性をよく理解するとともに、今いる職種をどのように動かすか、どうやって分担し、カバーし合うことができるかを考えられるようになる必要があります」
前回のインタビューから約3年の月日が経ちました。今回は、摂食・嚥下リハビリをめぐる最新の動きについて話していただいた後、今年4月の診療報酬と介護報酬の同時改定を踏まえたケアマネジャーに対する激励の言葉を頂きました。
胃ろうから経口摂取へ、退院困難者を救え!
急性期病院と連携、嚥下評価の取り組み始まる
鶴見大学歯学部附属病院では昨年4月から、川崎市にある川崎幸病院と提携し、川崎幸病院の患者さんの嚥下機能評価を行うという画期的な取り組みを始めました。
当院の医局員が週2、3回、交代で川崎幸病院を訪問するだけでなく、研修医や学生の学びの場としても利用させていただいています。将来を担う人材を育成し、この取り組みを他の地域にも広げるためです。内視鏡による嚥下機能検査の件数は、この1年間で220~250件に達し、当初10日を超えていた平均在院日数を一桁台に下げることにつながりました。
内視鏡による嚥下機能検査ができると、口で食べられるかどうかの判断ができるようになります。例えば、脳梗塞で倒れた状態の時は、ほとんどの人に嚥下障害がありますが、8割ぐらいの方は、短期間で嚥下反射が回復します。反射が戻るタイミングが分かれば、意識の回復と同時に転院していただける。もし、嚥下障害の症状が重い場合は、最終手段として胃ろうを増設し、退院していただきます。
川崎幸病院のベッド数は300床余りですが、年間1万件を超える救急搬送を受け入れています。こうした急性期病院の役目は、病気を治して元気にすることではなく、助かる命を助けて、次の段階に送り込むこと。つまり、早く出すことが仕事です。その意味では、嚥下機能評価の専門家が、急性期病院で仕事をする意義は大きいと考えています。
嚥下機能評価の際は、できるだけケアマネジャーにも同席していただき、退院後に在宅で引き継げるかどうか見てもらっています。こうした場面で経験を積むと、自ら研修会を開くなど、ケアマネジャーの側も、嚥下機能検査ができる環境づくりを手伝うようになります。在宅での嚥下機能評価において、ケアマネジャーの存在は非常に重要です。嚥下機能に対する意識の高いケアマネジャーがいれば、胃ろうを付けた状態で退院した患者も、再び口から食べられる可能性が大きくなります。
横浜市内の特養で、「嚥下・栄養ショート」も
「嚥下ショート」「栄養ショート」の取り組みも進めています。「嚥下ショート」「栄養ショート」とは、短期間に集中して治療やリハビリを行える施設にいったん預け、栄養状態が改善してから、暮らしていける場所に帰すこと。背景には、嚥下リハビリや栄養改善が必要な患者さんの事例が増えていることがあります。こうした方は、窒息や誤嚥性肺炎などのリスクが伴うため、退院後の行き場がないのです。
こうした患者は、療養型の病院に転院することになりますが、療養型の病院は、基本的にリハビリの機能を持っていません。栄養の摂取を簡単にするために胃ろうが造られ、そのまま転院先の病院で看取られる。多くの方がこうして亡くなっているのが、日本の現状なのです。
例えば、急性期病院からの退院時、口から食べることができないと、居宅や介護施設に戻ることはできません。一方、居宅や介護施設で口から食べられなくなり、脱水を繰り返す状態になっても、急性期病院には入院できない。脱水の背景に嚥下障害や低栄養の問題があるのに、「脱水だったら点滴を入れて」と言われるだけで、病院側は受け入れてくれません。
このようなケースをなくすためには、「栄養ショート」「嚥下ショート」が、地域包括ケアシステムの中で非常に重要な役割を担います。現在、さまざまな施設や法人に声を掛けて参加者を募っている段階です。今後、川崎幸病院の関連病院も参加する予定です。
モデルケースの一つとして現在、横浜市内にある特別養護老人ホーム「横浜市浦舟ホーム」の空きベッドを活用した取り組みが始まっています。施設内で嚥下機能のリハビリを受けながら、何日かショートステイをしてもらい、栄養状態が回復してから居宅や施設に戻っていただくという計画です。
医療・介護従事者の研修の場としても活用しています。嚥下リハビリの事例を見たいと言われれば、現場で講義を行ったり、実習を見学してもらったりしています。摂食・嚥下障害看護の認定看護師や言語聴覚士など、急性期病院から専門職を派遣してもらい、他職種が勉強できる体制をつくっているのです。
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