ご利用者の筋肉トレーニング
座ったままで足裏からふくらはぎを鍛える

特別対談:有識者に聞く、下肢筋肉の重要性とEMS活用の可能性

高齢者にとって運動は大切ですが、適切な介入に困難を感じるケースも多いのではないでしょうか。そこで、代替運動の一つとして注目されているEMS(筋電気刺激)の可能性について、昭和大学医学部のリハビリテーション医学講座で主任教授を務める川手信行先生と、理学療法士の現場経験も有する工学研究者の西川裕一先生に伺いました。

  • 川手 信行先生Nobuyuki Kawate

    昭和大学医学部 リハビリテーション医学講座 主任教授。リハビリテーション専門医として深い知見を有し、昭和大学藤が丘リハビリテーション病院リハビリテーション科で診療科長を務める。日本リハビリテーション医学会にて監事に就任。

  • 西川 裕一先生Yuichi Nishikawa

    金沢大学 理工研究域 フロンティア工学系 理工研究域フロンティア工学系 助教。理学療法士として約10年間現場で活躍した後、工学の重要性を感じて研究者に転身。リハビリテーション工学の観点からさまざまな研究に取り組む。

高齢者の筋力低下による「悪循環」を断ち切ろう

川手:体を支える、移動する、物を引っ張るなど多岐にわたる場面で必要となる筋肉ですが、その筋肉をしっかり使えているかどうかということは、行動の一つひとつに影響が出るのは当然のことです。そもそも筋肉は単独で勝手に動いているわけではなく、呼吸器系や循環器系、消化器系、代謝系を含めたエネルギー供給系のシステムや命令・指令を伝える脳神経系のシステムが滞りなく働くことで円滑に動くものなので、筋肉が鍛えられていないということは、人間にとって全身の機能に影響する大きな問題なのです。

西川:特に下肢部分は立つ、座る、歩くといった動きを担っており、活動性に直結します。また、大腿四頭筋の強さはバランス能力と関係が深く、転倒リスクの指標になるほどです。

川手:筋力には「最大筋力」「瞬発力」「持久力」という3要素があり、例えば瞬発力があると、転倒しそうになった際にバランスの崩れを制御することができます。筋肉を正しく使えるかどうかということは、介護負担や医療経済といった観点からも重大な課題といえるでしょう。

西川:しっかりと足腰を鍛えてバランス能力を維持することは、健康な生活を維持することにも繋がっていきますね。

川手:しかし、高齢になると日常生活の中でのイベントが減り、体を動かす機会が減りがちです。活動性の低下が筋肉の衰えにつながり、ますます動かなくなり活動性が低下していく――この悪循環に歯止めをかけなければなりません。そのためには、運動習慣を身に着けることが一番大切な事なのですが、激しい運動や筋肉トレーニングといった方法では、高齢者においては、身体機能の低下や身体疲労、モチベーションの継続の観点から難しいケースが多いです。

西川:同感です。散歩などの弱い運動では持久力に関わる「遅筋」しか鍛えられず、最大筋力や瞬発力を向上させるには、激しい運動で「速筋」を鍛える必要があります。しかし、多くの高齢者にとってそれは容易ではなく、寝たきりの方であればなおさらでしょう。そこで私は、従来の運動が難しい方にも選択肢を増やしたいと考え、速筋にもアプローチできるEMSに注目したのです。

自宅で気軽に活用できるEMSの真価とは?

西川:そもそもEMSとは「筋電気刺激」を意味し、電気刺激を与えて筋肉を鍛えるもの。

川手:日常生活で活動量を増やしつつ、積極的に運動も取り入れていく事が必要ですが、高齢者では双方ともに難しい。そこで、自宅で気軽に実施できる運動の手段の一つとして、EMSの価値がありそうです。特に、お出かけに付き添ってくれる家族がいない、猛暑や感染症対策で出歩くことを避けたいといった理由で、なかなか外出できない方にとっても有用なツールといえます。

西川:研究に参加された方からは、「外出頻度が高まった」「自信がついたので長く歩くようになった」といったポジティブな意見が多く上がりました。EMSに取り組めば他の運動は不要と考えるのではなく、運動の補助やきっかけとして捉える方が正しいように感じます。

川手:その通りだと思います。リハビリテーションの分野でも、患者さんは横になり施術を受けるだけの状態が楽なので、受け身になりやすく、動く機会が減ってしまうことがあります。主体性を持って自ら動いてもらうことが極めて重要であり、そのためには医療・介護職の適切な介入が欠かせません。EMSにおいても、機器を活用することで活動量を増やして屋外の様々なイベントにつなげていくような働きかけが求められます。EMSの真価を発揮できるかどうかは、ケアマネジャーの力量にかかっている部分も大きいといえるでしょう。

主体的な運動を促す選択肢の一つにEMSを

西川:EMSはペースメーカー使用者や体内に金属が入っている方※など、安全性の観点から避けるべきケースはありますが、そこに注意すれば年齢に関係なく使用可能です。最初は弱い刺激からスタートして、不快感がないか表情を確認しつつ使用するといいでしょう。
※通電部位に金属がある場合は使用不可、そうでなければ基本的に使用可能。

川手:もう一つ忘れてはならないのは、筋肉を付けるには、運動だけでなく栄養も大切です。特に介護度が高い方については、各種栄養素がしっかりと摂れているかどうかも併せて確認しておきましょう。

西川:ケアマネジャーの皆さんには、利用者の行動変容を促すための「運動の引き出し」として、多様な介入方法を知ってほしいと思います。その一つがEMSであり、特に活動性が落ちている方へのアプローチとして優れているはずです。

川手:簡便でどこでも使えるという意味で、EMSは体を動かす良いきっかけになり得ます。ただし、「機器を導入して終わり」ではありません。利用者が主体的に運動し活動性を上げていくための関わりや仕組みづくりにおいて、ケアマネジャーの皆さんが果たす役割は大きいことを覚えておいてください。

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