文書生成AIを活用し、ケアマネジメント・オンライン編集部が作成した「ケアマネ小説」。今回は、自宅で最期の瞬間を迎えようとしているご利用者を担当するケアマネジャーさんのストーリーです。

どうして街路樹には、季節の移ろいを感じさせる木が多いのだろう―。ご利用者・中村昭雄さんの自宅に向かう途中、鬱陶しく思いながらイチョウ並木を見上げた。深い青をたたえた晩秋の空と黄色い紅葉のコントラストが酷く目に染みる。あわてて目を地面に移すと、歩道にも黄色い扇型の落ち葉が折り重なっていた。

（この落ち葉が、この道から消えうせるころには…）

きっと、昭雄さんの命の灯も消えている。思わず私は落ち葉を蹴った。

私は木内玲。10年ほど前から居宅介護支援事業所で働いている。元は上場企業の経営者だという昭雄さんの担当になったのは、半年ほど前からだ。だが、おそらく、もう何度も言葉を交わす機会はないだろう。昭雄さんは、末期の肺がんを患っている。

見越しの松が見下ろす表門の前にたたずみ、考えた。

（今日は、ちゃんと昭雄さんと話すことはできるだろうか）

1カ月ほど前は、ベッドを離れ、歩くことができていたが、数日前、訪問した時には、首を動かすことも、言葉を発するのも辛そうな様子だった。とはいえ、今、考えてもしょうがない、表門をくぐり、和風にしつらえられた前庭を抜け、玄関のインターフォンを押す。

数秒置いて、昭雄さんの声が聞こえてきた。

「どうぞ、おはいり下さい」

やっぱり以前により声に力がない。少し急ぎ足で玄関と廊下を抜け、リビングの扉を開けた。昭雄さんは、2週間ほど前からリビングに介護用ベッドを入れ、一日のほとんどを、その上で過ごしている。

私が部屋に入ってきたことを確認すると、昭雄さんはゆっくりと上体を起こして背筋を正し、私に一礼をした。どこまでも、律儀で丁寧な人だ。なにもケアマネに、そこまで礼を尽くす必要はないだろうに。

「玲さん。いらっしゃってくれたんですね。ありがとうございます。なんのおかまいもできませんが、どうぞ、おかけください」
「もう、昭雄さん～。無理なさることはないですよ、どうぞ、楽にしてください」
「いや、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

どう言っても、姿勢を崩そうとしない昭雄さん。途中、会話が途切れると、天気の話などを持ち出し、ほどよい雰囲気を保とうとしたりもする。体を起こしているのだって、辛いはずなのに、そんな気配りまで‥‥。律儀も丁寧も気配りも、もうここまでくれば、その身を苦しめる業だ。

「そうそう。忘れるところだった。玲さんに預かってほしいものがあるんです」

そんな昭雄さんが、気配りの人らしからぬ唐突さで手渡してきたのは、古い日記だった。10年前に交通事故で亡くなった妻・ゆりさんが書いたものだという。表紙には、20年以上前の日付が記されている。

大事な日記でしょ、人に預けていいんですかと問う私に、昭雄さんは、岩を割ったような笑顔を見せながら言った。

「玲さんだから、預けるんです。見てもいいですよ、役得だ。ただ、娘の茜や他の人には見せず、私の棺桶に入れてくれれば」

―そんな役得があるか。

昭雄さんの家から事業所に帰った後、改めて渡された日記を手に取り、ぼろぼろの表紙をめくった。

つづられていた内容のほとんどは、「後悔」というカテゴリーに分類できるものだった。

まだ学生だった１人娘の茜さんが、「大学を中退し、結婚したい」と言い出した時の驚き、そして、親としては反対せざるをえなかったことの苦しさ。
せめて大学を卒業するまでは結婚は待てと説得しても「家族と縁を切ってでも、すぐに結婚する」と言い張る茜さんを持てあましたこと。
ついには、「出ていけ！すぐに出ていけ。顔も見たくなければ、声も聴きたくない」と言ってしまった昭雄さんが、その夜から、茜さんを追い出したことを深く後悔していたこと。
昭雄さんは、何度も何度も娘に電話しようとしていたが、そのたびに受話器を置き、ため息をついていたこと。
「親子だから、いつか、必ずわかり合える日がくる。その時に向け、できる準備をしておこう」と夫を励まし、励まされながら、娘と復縁する機会を探っていたこと。

ゆりさんが亡くなった年の正月の日記には、こんな記述があった。

「今年も2人分だけのおせち。来年には、もっと多くの家族のためにおせちを作れるようになってほしいなあ」

（やっぱり、なにが役得だ。こんな苦しい日記を人に読ませて、どういうつもりだ）

奥歯をかみしめながら、それでも日記を読み進めていくうちに、昭雄さんの家に初めて訪問した日のことが思い出されてきた。

（あの日も、今日と同じように、青い、青いだけの空が広がっていたな…）