生成AI×編集部で紡ぐショートストーリー

【ケアマネ小説】古い日記・4

文書生成AIを活用し、ケアマネジメント・オンライン編集部が作成した「ケアマネ小説」。今回は、自宅で最期の瞬間を迎えようとしているご利用者を担当するケアマネジャーさんのストーリーです。

【この小説の前編】
【ケアマネ小説】古い日記・3

SNSのメッセージ到着を伝えるスマートフォンの鳴動で、目が覚めた。昭雄さんから預かった日記を読みながら、これまでの経緯を思い出しているうちに、寝入ってしまったらしい。 時間は午後10時を過ぎている。嫌な予感がした。

連絡は昭雄さんの主治医からだった。

「昭雄さんから緊急の往診依頼あり。疼痛激しく、呼吸不全も悪化。往診途中、意識も混濁し始めたことから、以前から本人が望んでいた通り、緊急搬送。搬送先はA病院。茜さんには連絡済み」

どうにも痛みや息苦しさに耐え切れなくなったら、主治医に連絡し、いざとなったら病院に搬送してもらいたい。それが昭雄さんの意志だった。そして、我慢強い昭雄さんが耐え切れなくなったということは…。つまり、そういうことなのだろう。

来るべきものが来た。明日、できるだけ早く、A病院に顔を出そう。そう考えて改めてその日は就寝した。

その翌朝、いや、その4~5時間後。再び鳴り響いたスマートフォンが、「来るべきもの」の到来を告げた。茜さんからのショートメールだった。メールには、昭雄さんが急逝したこということだけが、手短に書かれていた。

私が昭雄さんの家に出向いたのは、茜さんから連絡を受けた日の午後だ。既にエンゼルケアを終えた故人は、昨日、私と話した時と同じベッドで、律儀で几帳面な面持ちのまま、瞳だけを閉じて横たわっている。遺体のすぐ隣には、茜さんが座っていた。夏の終わりのひまわりのように、しおれて、うつむいて。

たまたま、お悔みにやってきていた主治医によれば、救急搬送後、30分もしないうちに心肺停止の状態となったのだという。

「最後の最後、ギリギリまで、この家で過ごそうとがんばられたのですね。昭雄さんらしい」

目を真っ赤した主治医は、そんなふうにご遺体に語りかけ、手を合わせ、そして去っていった。

その後、部屋には私と茜さんと昭雄さんの3人だけが残された。型どおりにお悔みを述べると、しおれたひまわりが、ぼそぼそと話しかけてきた。
「…私のせいかなぁ。私が、この家で最期まで、ってお願いしたから、お父さん、痛いのも苦しいのも、我慢していたのかなあ。私が、最期の最期まで、お父さんを苦しめたのかなぁ!!」
急に私にすがり付き、せきを切ったように号泣しはじめた茜さん。私は彼女の体を受け止めながら、静かに、しかし、はっきりと断言した。
「苦しめてはいないよ。あなたとの絆を取り戻せたことは、昭雄さんにとって、これ以上ない救いだった」
「気休めを言わないで!」
「気休めじゃないよ」
すがりつく茜さんをそっと引き離し、私は持ってきた鞄を開けた。
「誰にも見せずに棺に入れる、って昭雄さんと約束したんだけどね。ごめんね、その約束、守れない」
何も答えない昭雄さんに頭を下げ、先日、預かった古い日記を茜さんに手渡した。
「お母さんの日記?お葬式の時に見たけど…」
「後ろの方、読んでみて」
不思議そうにページをめくっていた茜さんの動きが、急に止まった。
「お父さん…!」
母の死と共に終わっていた日記の続きを、昭雄さんが記していたのだ。

昭雄さんがゆりさんの日記を引き継いだのは、茜さんの説得を受け入れ、在宅でのターミナルケアを受け始めた日から。毎日ではないが、うれしかったことがあった日のできごとは、はっきりと記されていた。

例えば、在宅でターミナルケアを受けることを決めた日。今、茜さんが目を見開いて読んでいるページだ。そこは、次のようなことが書かれていた。
「茜が一緒にご飯を食べたいと言ってくれた。最期までこの家で過ごしてほしいと涙を流しながら願ってくれた。体が震えるほどうれしく、ありがたい。娘に連絡をしてくれた玲さんにも深く感謝。寝る前、今日あったことをゆりの遺影に話した。錯覚かな。笑ってくれた気がする。いや、きっと笑ってくれたのだろう」

ページをめくった茜さんの顔が少しゆがみ、そして明るく輝いた。あの肉じゃがの食事会の前日と、その当日の日記を読んでいるのだろう。
「やっぱり、抗がん剤の副作用は厳しい。とにかくだるいし、食欲もわかない。でも、明日は茜との食事会だ!少しくらいおなかが減っている方がいいかもしれない。まあ、そんなことをしなくても、茜の作った料理はうまいだろうけど」
「今日、茜が作ってくれたのは、肉じゃが。薄味でそれでいて深い旨味。ほくほくの食感のじゃがいも。ゆり、君が作ってくれた肉じゃがに劣らない逸品だったよ。思わずおかわりしてしまった」

その後、ページをめくるたびに、茜さんの顔はほころんだり、ゆがんだり、そして、涙ぐんだり。そして、いよいよ最後のページ。つまり、私が日記を預かる1日前のページをめくった。

はっきり覚えている。そのページには、次のような言葉が書かれていた。
「文字を書くのもつらくなってきた。この日記をつけるのも、今日が最後だろう。それにしても、茜との絆を取り戻せたこの半年間は、一生分の幸福をまとめて頂戴したような、夢のような日々だった。改めて思う。私だけがこんな幸せを享受してよかったのだろうか、と。ゆり、君はそろそろ私を出迎える準備をしてくれているのだろうけど、『あなただけ、ズルすぎる!』と怒ってはいないかな。それだけが心配だ」

「この半年間、支えてくれた玲さんをはじめ、医療・介護関係者には深謝しかない。そして誰よりも、茜に感謝を伝えねばならない。頑なで見栄っ張りな父親でごめんなさい。そして、こんな私でも、父と呼んでくれて、一緒にご飯を食べてくれて、本当にありがとう、と」

日記を読み終えた茜さんは、閉じた古いノートを両手で持ち、そっとおでこにあて、瞳を閉じた。
「そういうことは、面と向かっていうべきでしょう。それに、お母さんが怒っているわけ、ないでしょ?最後の最後まで、頑なで鈍感なんだから。この日記、お父さんの棺には入れない。私がもらっておくからね」

それにしても。どうして、昭雄さんはどうしてこの日記を私に預けたのだろう。思わずその疑問を口にしたところ、明るさを取り戻した茜さんが、苦笑しつつ言った。

「口にもできなかった私や玲さんへの感謝を書いて残したのはいいけど、どうやって見せようか、悩んだからでしょ?」
「え?でも、そんなの茜さんに渡せばいいだけ…」
「カッコつけたがりで頑固者のこのおやじが、そんなこと、できるわけないよ」

なるほど。確かにそんなこと、昭雄さんができるはずがない。何も言い残さずに日記を残しておく、という方法もあるが、ただ残していくだけでは、つらいことばかり書かれたこの日記を、改めて茜さんが開く可能性は低いだろう。そこであえて私に、読むように仕向けつつ預けたのだろう。その中身を私が読めば、どう約束したところで、必ず娘に見せるだろうとまで踏んで。さすがは元敏腕経営者、人を見抜き、扱う術は、けた違いのすごさだ。
(ならば、最初から『死んだあと、茜に見せてくれ』と素直に言えばいいものを。まあ…そこを『棺に入れてくれ』なんて、カッコつけてしまうあたりも昭雄さんらしいか)

通夜と葬儀の日程を確認し、昭雄さんの家を後にしたころには、夕日が帰り道を染めはじめていた。イチョウの街路樹が並ぶ帰り道には、落ち葉が、昨日と同じように、みっしりと降り積もっている。朱鷺色の光に包まれた、金色の道の先。シックなスーツに身を包み、片手をあげて歩みさっていく男性の後ろ姿が見えた気がした。

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