文書生成AIを活用し、ケアマネジメント・オンライン編集部が作成した「ケアマネ小説」。今回は、夫との離婚を考えている、施設のケアマネジャーさんのストーリーです。

今朝も私は、緑色の枠と文字で構成された申請書を眺めている。

私は琴美。特別養護老人ホームで働くケアマネジャーだ。

マンションから1.5時間もかかる銀行に勤める夫は、いつも私を残して家を出る。そして夫が出勤してからの30分間、私は夫には秘密で、ある準備を進めてきた。

離婚するための準備だ。

夫の不倫に気が付いたのは2年ほど前のこと。気づいた直後から、いらだちも怒りもすべて抑え込み、深く静かに準備を進めてきた。

あとは、書類に署名と捺印をし、離婚と、その後の慰謝料の支払いを迫るだけ。夫が、泣こうとわめこうと、冷徹にその実現を迫るだけだ。

一つだけ心配なことは、逆上した夫が暴力に訴えてくること。だが、これもシミュレーション済みだ。

できることは逃げの一択。だから、この話を切り出す時、そのまま家を飛び出せるようにしておけばいい。自分名義の通帳や実印などをまとめたバッグを手にし、玄関に近い場所に立ち、少し距離を置いて話をする。夫が激高しはじめたら、コミュニケーションを放棄し、脱兎のごとく逃げる。捕まりそうになったら、金切り声でわめけばいい。「助けて、警察を呼んで！！」と―。

そう、準備は整い尽くしている。なのに、なぜ私は、この緑色の書類に自分の名前を書くことができない？

夫が自分への愛を失っていることは、疑いようがない。10カ月ほど前、物は試しと依頼した1カ月間の探偵の調査だけで、あきれるほどたくさんの物証が届いた。B級ドラマそのままのような写真だってある。ラブホテルから不倫相手と腕を組んで出てくる写真など、いくら凄腕の探偵とはいえ、よく撮影できたものだ。そして、よくもまあ、撮影させたものだ。

嫌悪を通り越して失笑しか浮かばない写真を眺めながら、私は、なぜか新婚の夏を思い出していた。

◇

8年前の夏の週末の夜。夕食を食べながら、夫はこんなことを私にお願いしてきた。

「もう、介護の現場に立つのは、やめてよ…」

私が別の男性に触れると思うと、仕事も手につかないくらいに、妬ましくなるのだという。

－何を言っているの。パートナーがそんなことを言っていたら、女性は、介護職どころか、看護師にもセラピストにも医師にもなれないじゃない。女の専門職をバカにしているの？

確か、私はそう言って怒った。いや、怒って見せようとした。だが、実際は笑み崩れてしまった。

子犬のようなまっすぐなまなざしで私を見つめながら、非常識な言葉で愛を伝える夫が、たまらなく愛おしかった。

そして、夫も私を愛してくれた。あの言葉を伝えた夜も、夫は、激しく、ねばりつくように、宵の口から日付が変わるまで、私を撫し、攻め続けた。「お前は俺のもの。どんな時でも、誰にも渡さない」と繰り返しささやきながら。

私が、ケアマネの資格を目指したのは、そんな夫の思いに応えるためだった。介護支援専門員実務研修を受講・修了し、介護支援専門員証を手に帰宅した、7年前の春。
「これでもう、直接、介護をすることも、あまりなくなるよ」
介護支援専門員証を見せながら微笑む私を、夫は強く抱きしめた。

◇

そんな夫が不倫に走り始めたのは、たぶん、一昨年くらいからだろう。

きっかけなど、知りはしない。ただ、一昨年ごろから、夫は私を求めなくなった。クリスマスも正月休みも、同じタイミングでベッドに入った時ですら。妙に飲み会が増えたのも、携帯電話の料金が変に高くなったのも、ちょうどそのころだったと思う。

夫の不倫を確信したのは、1年ほど前のことだ。そのころ、施設での退職が相次ぎ、ケアマネの私も、現場を兼務しければ追いつかない状態になった。

もう琴美さんに夜勤をお願いしないと、どうにもなりません、と現場の責任者から頭を下げられた日。私は、夫に話した。

「ねえ直人。来週から週に2回だけ、夜勤で現場に戻らなきゃならなくなったんだけど…」

正直にいえば、私は期待していた。あの夜のように、まっすぐな眼差しで「やめてよ、お願いだよ」と、必死に懇願してくる夫の反応を待ち望んでいた。しかし、現実の夫は、凍てついた湖面のように平静だった。

「あ、そう。大変なんだね。でも、無理はしないで」

文字面だけのいたわりの言葉。期待外れの反応と言葉からは、何も伝わってこなかった。いや―。伝わったことはあった。

「もう、私への愛は存在しない」という、冷たい事実は。