

結城教授の深掘り!介護保険
中山間地域での配置緩和案~全く期待できず逆に介護崩壊は加速化する~
- 2025/09/22 09:00 配信
- 結城教授の深掘り!介護保険
- 結城康博
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9月8日の社会保障審議会介護保険部会で、厚生労働省は、高齢者人口の減少によりサービス需要が減る「中山間・人口減少地域」で、事業者がサービスの提供を維持できるよう、国の基準を満たさなくても柔軟に対応できる枠組みを設けることを提案した。いわゆる「特例介護サービス」の拡張と言っていいだろう。具体的にはサービス・事業所間の連携などを前提に、管理者や専門職の常勤・専従要件などを緩和することを想定しているようだ。また、訪問系サービスでは出来高報酬と定額報酬(1カ月)を選択できる仕組みを設けることが提案された。今回は、これらの厚労省提案について、深掘りしたい。
まずは、厚労省案に対する、私なりの結論を示したい。残念ながら、「中山間・人口減少地域」における厚労省提案は、全く効果がない。まだ現状維持のほうが介護現場の悪化のスピードが加速せずに済むだろう。むしろ、この提案は介護危機を助長させるだけだ。
そう考える最大の理由は、人員配置基準の緩和が盛り込まれている点にある。まだ、詳細は決まっていないだろうが、公に示された資料を読む限り、介護施設では「3対1」の人員配置基準の緩和がなされるのではないかと推察される。また、介護職員やケアマネジャーなどの専門職や管理者の兼務といった緩和も考えられる。
人員配置の緩和が招く、労働環境の悪化
人口減少が著しい地域で、ケアマネジャーなどが他の介護系職種を兼務できる範囲を拡げることはいたしかたないと思うかもしれない。
しかし、人員配置などの緩和施策が許容されれば、当然、労働条件の悪化を招くという問題がある。「人がいないから仕方ない!」といった発想で、残った人材に、あれもこれもと仕事を任せてしまえば、自ずと労働環境は悪くなっていく、ということだ。
私は、多くの「中山間・人口減少地域」の介護現場をヒアリングしているが、ヘルパー、ケアマネジャーを中心に人手不足が、恐ろしく深刻化している。近い将来、地域の要介護者がケアもケアマネジメントも受けられない「介護崩壊」に直面する地域も多いだろう。このような状況下で人員配置基準の緩和などによって労働環境が悪化すれば、わずかに残っている介護系専門職は、他地域に逃げだしてしまうだろう。労働環境が悪化した地域をあえて選び、「この土地の高齢者のために働きたい!」と思う、志の塊のような介護系職員が、そうそういるとも思えない。
中山間地域で実施すべきは「資格の緩和」
以上の理由から、中山間・人口減少地域での人員配置基準や兼務の緩和を推し進めるべきではない。
しかし、資格の緩和に限っては実施する余地があると考える。
具体的には、介護施設などで働くケアマネジャーの資格の緩和策が考えられる。特別養護老人ホームや介護老人保健施設などといった介護施設においては、医療もしくは福祉系国家資格者であれば、ケアマネ資格を持たなくても、施設ケアマネジャー業務に就けるようにするのである。
間違えてはいけないのは、施設ケアマネの兼務を拡充するのではない、ということだ。あくまで、「施設ケアマネが必ずしもケアマ資格を有しなくても業務ができる」という提案である。
「中山間・人口減少地域」を「1級地」に
さらに、地域区分にも思い切った施策が必要だろう。具体的には「中山間・人口減少地域」に相当するような、人口1万人未満の自治体は、特別区(東京)と同じ「1級地」にすべきと考える。そうした自治体は、地域区分では「その他」に位置付けられている。それを「1級地」にすれば、それだけですべての介護事業所に、一律20%の介護報酬が上乗せされる。これだけ思い切った施策を講じれば、人材確保・定着にも一定の効果が期待できるだろう。
そもそも、「都市部の方が上乗せ割合は高い」という、現行の地域区分の基本的な枠組み自体が、25年間の介護保険施策の大きな誤りであったと思う。
表:現行の級地状況(介護報酬)
1単位の単価(サービス別、地域別に設定)
| 1級地 | 2級地 | 3級地 | 4級地 | 5級地 | 6級地 | 7級地 | その他 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 上乗せ割合 | 20% | 16% | 15% | 12% | 10% | 6% | 3% | 0% | |
| 人件費 割合 |
①70% | 11.40円 | 11.12円 | 11.05円 | 10.84円 | 10.70円 | 10.42円 | 10.21円 | 10円 |
| ②55% | 11.10円 | 10.88円 | 10.83円 | 10.66円 | 10.55円 | 10.33円 | 10.17円 | 10円 | |
| ③45% | 10.90円 | 10.72円 | 10.68円 | 10.54円 | 10.45円 | 10.27円 | 10.14円 | 10円 | |
社会保障審議会介護給付費分科会(第243回)令和6年12月 23日より
公務員ケアマネ・ヘルパーの導入は不可欠
そして、何よりも公務員ヘルパー(訪問介護)の再興と公務員ケアマネジャーの創設も実現すべきだ。
具体的には、社会福祉協議会などに公費を投入して準公務員的な立場でヘルパー、ケアマネジャーなどの雇用を確保する方式も考えられる。なお、ここで述べる公務員ヘルパーや公務員ケアマネジャーは、契約社員ではなく、終身雇用の正規の公務員を意味する。
いずれにしろ民間介護事業者による介護保険サービスの提供だけで「中山間・人口減少地域」のサービス提供体制を維持していくのは難しい。公費で経営基盤を支えて、一定の賃金を保証できる公的な介護事業者(自治体もしくは社協など)がなければ、安定したサービス提供体制の維持は不可能だ。
公務員が増えることにはマイナスのイメージを抱かれがちだが、人口減少社会の地域にとっては、若者世代が定住するといったプラスの効果も考えられる。もはや介護施策は、認知症や要介護者のためだけでなく、地域創成といった側面で考え、介護報酬アップ及び公費投入を図っていくべきだろう。
霞ヶ関の選良に期待したいこと
最後に、改めて、今回の厚労省の提案について、私の想いを伝えたい。
残念ながら今回の提案は、霞が関の机上の論でしかない、というのが率直な感想だ。
当たり前のことだが、厚労省の官僚は、選りすぐりの優秀な人々であり、公僕としての高い志を持った人々だ。文字通りの選良である。そんな官僚が、この国のために、地域社会のために、昼夜も寝食も忘れて献身的な努力を続けていることについては、私は深い敬意を抱いている。
今回の提案にしても、限られた予算と従前の仕組みの中で、「中山間・人口減少地域」の介護のサービス提供体制を維持するため、官僚の皆さんが熟考熟慮の結果、練り上げたものである。その努力自体には、頭が下がる。
ただ、今の予算と既存の枠組みにとらわれているから、どれだけ頑張っても机上の論しか作れないのではないか。
改めて、国の未来を担う霞が関の選良の皆様にお願いしたい。今の「中山間・人口減少地域」で起こっている問題は、既存の枠組みの中で、有効な対策を立案できるほど、ぬるい問題ではない。ぜひ、既存の枠組みを乗り越え、地域創成という視点から「中山間・人口減少地域」で介護サービスを維持するための施策を考えてほしい。

- 結城康博
- 1969年、北海道生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒、法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。介護職やケアマネジャー、地域包括支援センター職員として介護系の仕事に10年間従事。現在、淑徳大学教授(社会保障論、社会福祉学)。社会福祉士や介護福祉士、ケアマネジャーの資格も持つ。著書に岩波ブックレット『介護職がいなくなる』など、その他著書多数がある。
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