生成AI×編集部で紡ぐショートストーリー
【ケアマネ小説】離婚のカタチ、結婚の形・10
- 2025/10/10 09:00 配信
- 生成AI×編集部で紡ぐショートストーリー
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文書生成AIを活用し、ケアマネジメント・オンライン編集部が作成した「ケアマネ小説」。今回は、夫と離婚した、施設の元ケアマネジャーさんのストーリーです。
※【この小説の前編】
【ケアマネ小説】離婚のカタチ、結婚の形・9
不倫は全部、演技だった?そして、直人の狙い通りに私は激怒し、離婚をした?-あまりにも想定外な話に、感情も理性も思考も追いつかない。
陽奈が話かけてきた。
「秋元さんの手紙には、わざと触れていない部分があります。追加で説明させてください」
無言でうなずくと、陽奈は手紙をのぞき込み、ラブホテルでの出来事をかいた一節を指さした。
「この時、私は仕事の話をする前に、別の提案をしました」
「…」
「『この部屋で2時間、とても間が持ちません。体の関係を持ちましょう』と提案したのです。でも、秋元さんは、全く応じようとしなかった。『それでは藤原さんに申し訳なさ過ぎます。そもそも琴美を裏切るわけにはいかないし…絶対にできないです。間が持たないのなら、仕事の話をしましょう』といい、結局、新人研修の打ち合わせをすることになったのです」
手紙の内容を鑑みても、この言葉に嘘はないだろう。そもそも、この女には、直人との関係を隠す理由も動機も、もう、ありはしない。
しかし、それでも私には、わずかな疑問が残った。
「陽奈さん。なぜ、あたなは、私にこの手紙を読ませたの」
「事情を知ってもらうため。それだけでは、納得してもらえませんか」
「…ええ」
ふう、と息をつき、陽奈は肩を落としてうつむいた。背筋を正していた時には気づかなかったが、その体はひどく華奢で小さい。
一呼吸ほどして、陽奈は顔を上げ、再び背筋を伸ばした。そして、調子の外れた甲高い声でわめき始めた。
「あなたを、あざ笑うためですよ!愛している夫の演技も見抜けずに離婚し、看取ることもできなかった、鈍で不器用なあなたを見下し、嘲笑し、復讐するためですよ!!」
端正な顔立ちをくしゃくしゃにゆがめ、切れ長の瞳から涙をふきこぼしながら、陽奈はわめき続ける。
「私は秋元さんを敬愛していました。仕事の師として尊敬していただけでなく、男性として好きだったのです。だから、離婚したと聞いた時は、真剣にプロポーズをしたいと思いました。がんで余命いくばくもない、と聞かされても、その想いは変わりませんでした。2年でも1年でも半年でもいい、伴侶として秋元さんの隣にいたかったんです。ラブホの演技への協力を請け負ったのもそのためでした。だけど…。秋元さんの心の真ん中には、最後の最後まで、あなたが居続けていた。私ではどうにもなりませんでした…」
そこまで言うと、陽奈はうずくまり、号泣し始めた。掛けるべき言葉が浮かばない。私は、その姿を眺め、立ち尽くすしかなかった。
◇
5分ほどして陽奈はようやく泣き止み、姿勢を正し、潤んだ瞳で私を見つめた。
「仕事の関係で、明日の告別式に私は参列できません。だから、秋元さんとは今日、お別れをしなければなりません」
それだけ言うと、陽奈は私に背を向け、直人の棺が置かれたホールに戻った。考えてみれば、私にとっても直人に別れを告げる最後の機会だ。私も、陽奈から少し遅れてホールに戻った。
ホールに戻ると、なるべく見ないようにしていた直人の遺影が目に飛び込んできた。子犬のような目で笑う直人の顔に、直立不動の姿勢で向き合う陽奈がいる。そして、ホールに響くような率直な声で語り掛け始めた。
「秋元さん、入行から3年、本当にお世話になりました。秋元さんへの感謝は、どんな言葉に変えても伝えきれません。せめて、この古い詩に私の想いを託し、別離の挨拶とさせてもらいます」
仰げば 尊し 我が師の恩
教えの庭にも はや幾年
思えば いと疾し この年月
今こそ 別れめ いざさらば
かつて卒業式の定番だった「仰げば尊し」。陽奈は、しめやかな音律を一切用いず、歌詞だけを、何かに刻み込むように、時に涙で声を詰まらせながら読み上げている。リズムがない分、歌詞に込められた敬愛の念と別れへの切なさが、あますこともぶれることもなく、心に染み入ってくる。
思わず陽奈に背を向け、目を閉じ、口を強く結んだ。。
(バカ、バカ、大バカ直人!こんなにまっすぐな子を、こんなに物狂いにさせて、あげく、くだらない茶番にまで付き合わせ、妙な期待までさせて…。一体、どうするつもりよ!?責任取りたくても取れない身になっているくせに!!)
陽奈の声が急に大きく聞こえ始めた。彼女は、私の背中に向けて「仰げば尊し」の2番目の歌詞を読み上げているらしい。
互いに睦し 日ごろの恩
別るる後にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
―前を向いて進んでください。でも、大切な人と想いあった日々は忘れないで。あなたが忘れてしまったら、秋元さんは、永遠に独りぼっちになってしまうから―。
やっと理解した。陽奈は、この想いを伝えたかったからこそ、あの手紙を私に読ませたのだ。
(あなたの言う通り、私、本当に鈍だわ。ごめんね、ごめんなさい。陽奈さん…)
再び、陽奈は直人の遺影に向き直り、最後の歌詞を読み始めた。私も、そっと振り返り、直人の遺影と視線を合わせ、そして、手を合わせた。
朝夕 馴れにし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば
◇
直人への最後の挨拶を終えた陽奈が再び、私の前にやってきた。目が合ったとたん、そのきゃしゃな体を抱きしめ、共に涙を流したい衝動にかられる。
だが。今、私がやるべきことは、おそらく違う。
彼女が「仰げば尊し」を選んで読んだ理由を考えなければならない。「別れめ、いざさらば」と3度も口にした想いを、くみ取らなければならない。
彼女は直人や直人に関わる人々と別離するためにここに来たのだ。どうしようもないくらいに愛おしく、別れがたく、そして、ひどく辛い思い出と決別するために、この通夜に来たのだ。
そんな彼女に、私が温かな「シー・ユー・アゲイン」を贈っては、かえって心を思い出に縛り付けてしまう。氷の刃のような「グッバイ・フォー・エバー」で、新たな旅路を寿ぎ、背中を押さなければならない。
陽奈も、それを欲しているからこそ、激しく私を罵ったのだろう。
覚悟を固め、めいっぱい背を正し、陽奈を見下した。放つ声は、できるだけ冷ややかに。声を震わせることも湿らせることも、絶対に許されない。
「まったく、小学校の卒業式じゃあるまいし。どう?気は済んだ?」
「…はい」
「そう。じゃあ、直人からのこの手紙も、もう、要らないでしょう。捨てるのもなんでしょうし、私がもらっておくわ」
陽奈は黙って頭を下げた。
「それじゃ、これで」
それだけを言い捨て、帰り始めた私の背中に陽奈の涙声が届いた。
「ありがとうございました」
足が止まってしまった。硬く目を閉じ、強く歯を食いしばる。そうしなければ…。
(泣くな琴美!やるべきことを全うしろ!!)
必死に自分を鼓舞し、振り返らずに答えた。
「感謝される理由などないわ。まぁ、元気でね。二度と会うことはないだろうけど」
◇
ホールを出ると、ネイビーブルーの夏の夜空に、真っ白な半月が懸っていた。停留所で時刻表を確認すると、次のバスが来るまで20分ほど待たねばならない。実家までは、それほど遠くもないし、月見をしながら夜の虫の声に耳を澄ますのも悪くはない。少し時間はかかるが、徒歩で帰ることにした。
家に帰っても、直人と一緒に撮った写真も、一緒に買った服も家具も、何一つ残ってはいない。直人が残してくれたものといえば、陽奈に託された手紙だけだ。
だが、それだけで十分だ。私は直人の伴侶だ。それ以外の自分は、もう想像することもできない。これが私の結婚の形。
そういえば―。介護支援専門員の資格も、直人が私に残したものといえる。直人が介護職から離れることを望まなければ、私がケアマネを目指すことはなかったのだから。
(直人。あなたのおかげで取ったこの資格を生かし、これからも励み続けるよ。名を上げる、なんて大層なことはできないけど、身を立てていくことはできるはずだから)
夜道を包む虫の音が、にぎやかになってきた。実家にたどり着くまで、まだ時間がかかりそうだ。でも大丈夫。雲一つない夜空なら、半月の光でも、道は案外、白く明るい。
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