弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
失敗から学ぶ、居宅の事業継承 パート1
- 2025/12/22 09:00 配信
- 弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
- 武田竜太郎
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私がこの寄稿を担当させていただくようになって、もう4回目となります。1回から3回までは、居宅介護支援事業所の事業承継に必要な背景や準備の重要性について整理してきました。今回以降、実際に事業承継の場面で起きた失敗例を通じ、トラブルを防ぐためのポイントを考えていきます。
まずは「説明不足」により、ご利用者の解約や職員の退職が相次いだ事例を紹介します。
事例:説明不足が招いた利用者の解約と職員の流出
神奈川県のある居宅介護支援事業所では、所長の高齢化をきっかけに同じ地域の他の法人へ事業を承継することになりました。
経営者同士の話し合いは順調に進みました。その一方、ご利用者・ご家族・職員への説明はほとんどされていませんでした。
例えば、ご利用者・ご家族に対する連絡は、承継を行う3週間前に、「運営主体が変わります」という通知文が一枚郵送されただけ。担当ケアマネの変更やサービスへの影響についての説明は、全くありませんでした。
当然、ご家族からは、「こんな大事なことを知らされていないなんて…」「担当者が変わるのは不安」と問い合わせが殺到。1週間で複数のご利用者が利用契約を解約する事態となってしまいました。
また主任ケアマネを含む複数の職員には、事業継承が行われることは伝わっていましたが、承継後の勤務条件を知らされていませんでした。その結果、職場内では「勤務時間が増えるらしい。給与も変わるらしい」といった噂が広がってしまいました。
そして、不安を拭えぬまま主任ケアマネが退職。そのケアマネが担当するご利用者も別の事業所へ流出した上、若手ケアマネも続けて離職。承継後の事業所は深刻な人員不足に陥りました。
この事例は、「関係者への説明不足こそが最大のリスク」であることを如実に示しています。
「承継=名簿の引き渡し」という大きすぎる誤解
経営者の中には「ご利用者名簿さえ引き継げば問題ない」と考える方もいますが、これは大きな誤解です。ケアマネジメントは、個々のご利用者の生活歴や価値観、置かれている環境を丁寧に理解したうえで行う、一人ひとりに合わせたテーラーメイドの支援です。
名簿だけでは、ご利用者との関係性や現在の生活状況、声がけのコツ、家族との距離感など、ケアマネ業務の質を左右する重要な情報は伝わりません。
さらに、居宅介護支援に関する契約の多くはご利用者がいつでも自由に解約できる内容となっています。そのため、承継に当たっての事前の説明が不十分な場合、承継後にご利用者からの解約が一気に発生してしまうリスクがあります。ご利用者にとって「事業所が変わる」「担当者が変わる」というのは日々の生活に関わる重大な出来事です。だからこそ、承継に関する事前の丁寧な説明が欠かせません。
ご利用者・ご家族への説明のポイント
ご利用者や家族に事業承継を説明する際のポイントは、以下の5つです。
1.早めに、複数回伝える
突然の正式な連絡は、ご利用者やご家族に不安や混乱を与えがちです。まずは担当ケアマネが口頭で概要を説明し、その後、文書で案内します。さらに、ご家族への電話や面談によるフォローを行い、事業承継の直前には再度正式に通知するなど、段階的に、また複数回に分けて伝えることが重要です。繰り返し丁寧に説明することで、ご利用者に安心感が生まれます。
2.「変わること/変わらないこと」を明確にする
ご利用者やご家族が最も関心を持つ点については、長い説明を避け、率直かつ具体的に答えることが不可欠です。例えば、「担当ケアマネは変わるのか」「ケアプランの内容に影響はあるか」といったご利用者の介護プランに大きな影響を与えるような内容については明確・簡潔に説明しましょう。
3.文書は分かりやすい日本語で
ご利用者やご家族への説明文書については、行政文書のような表現は避け、誰が読んでも理解できる平易な日本語を用いることが大切です。
例えば、「運営主体が変更となります」といった表現ではなく、「〇月から、〇〇という会社がこの事業所の運営を引き継ぎます」といったように、ご利用者目線で言い換える工夫が求められます。
4.新旧担当者を含めた三者面談
担当ケアマネの変更が生じる場合には、旧担当者・新担当者・ご利用者(必要に応じてご家族)の三者で面談を行うことが極めて有効です。直接顔を合わせて引継ぎを行うだけで、ご利用者の不安は大きく軽減され、承継後の解約リスクを大幅に抑えることができます。
5.承継後1カ月のフォローが重要
承継後も、電話や訪問で状況を確認し、小さな疑問や要望にも丁寧に対応することで、ご利用者は「気にかけてもらえている」と感じ、安心が生まれます。
職員の雇用契約こそ、承継の核心
事業承継において見落とされがちなのが、職員への説明と向き合い方です。
居宅介護支援事業では、建物や設備以上に、ケアマネジャー一人ひとりがサービスの質そのものといっても過言ではありません。
事前の説明が不十分なまま承継が進めば、「自分の職場はどうなるのか分からない」という不安が広がり、離職につながります。そして、職員の離職は、そのままご利用者の離脱に直結します。
事業承継の後継者(新しい所長)が、職員との信頼関係を築くために特に意識すべきポイントは、次の3点です。
1.まず職員の不安なことや要望を「聞く」ことから始める
1on1面談、座談会、匿名アンケートなどを活用し、職員の本音に耳を傾けてください。
2.何が変わる/変わらないかを明確にする
雇用条件、役割、職場環境などについて、曖昧なままにせず、明確に説明しましょう。
3. 現場文化を尊重する姿勢を示す。
「良いところは残し、必要な部分だけ一緒に改善したい」というメッセージを伝えることで職員は安心します。
まとめ:ご利用者も職員も「人」であることを忘れない
ご利用者や職員は、居宅介護支援事業を構成する一要素ですが、その前に一人の「人間」です。居宅介護支援事業所は、ご利用者・ご家族・職員の間に築かれた信頼関係によって成り立っていることを忘れてはいけません。
経営者にとって事業承継は一つの経営判断かもしれません。しかし、ご利用者や職員にとっては、生活や働き方に直結する非常に大きな出来事であり、その気持ちに十分配慮せず、手続きだけを先行させれば、必ずどこかでトラブルが生じます。
ご利用者と職員に対する、丁寧で誠実な事前の説明とコミュニケーションにこそが、事業承継を成功させる最大の鍵なのです。

- 武田竜太郎
- おかげさま横浜法律事務所所属の弁護士・公認会計士試験合格者。介護業界に珍しく、大手法律事務所で企業法務・M&Aに従事し、不動産会社での社内弁護士経験や公認会計士試験に合格し監査法人勤務経験を有し、外資系法律事務所での実務を経て、現職。2025年には介護職員初任者研修を修了し、法務・会計の専門知識と現場理解を兼ね備え、介護・福祉事業者の支援に取り組んでいる。
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