弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
失敗から学ぶ、居宅の事業継承 パート3
- 2026/02/26 09:00 配信
- 弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
- 武田竜太郎
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第4回では「説明不足」、第5回では「条件や役割の曖昧さ」による失敗を取り上げました。事業承継シリーズの最終回となる今回は、承継の話し合い自体は円満に進んでいたにもかかわらず、契約書の記載が不十分であったため、承継後に思わぬトラブルが生じたケースを紹介します。
事例:「大丈夫だと思っていた」の落とし穴
東京都内で、長年ひとりで居宅介護支援事業所を運営してきたケアマネジャーが、年齢を理由に引退を決意しました。引き継ぎ先は、同じ地域で複数の事業所を運営する法人です。話し合いは穏やかに進み、「ご利用者も安定している」「特に大きな問題はない」という認識で合意しました。契約書も作成しましたが、内容はかなりシンプルなもの。承継が実施される日と譲渡の金額が書いてあるだけでした。
ところが承継後、譲り受けた法人側から連絡が入ります。「あなたが算定していた加算ですが、要件を満たしていなかった可能性があります。そのため、行政から返還を求められるかもしれません」という内容でした。
その後、承継後の法人への過去分の報酬返還が確定しました。承認前には想定していなかった負担が発生してしまったわけです。
事業を承継した法人側は「このような返還請求があり得るという話は、引き継ぐ前に聞いていませんでした」と、前の所長を責めました。一方、前の所長も「ずっとこのやり方でやってきたし、大丈夫だと思っていました」と事情を説明しました。
前の所長が嘘をついているわけではありません。それでも、トラブルは現実に起きてしまったのです。
問題の本質は「何を前提として引き継ぐのか」
この問題の本質は「事業所の状態について、何を前提として引き継ぐのか」を、契約書の中で確認していなかったことにあります。
事業を譲る事業者の中には、長年、特にトラブルもなく運営できてきたという理由だけで「これまでのやり方に問題はなかった」と思い込んでいる方もいます。しかし、それは「これまで、たまたま、問題にならなかった」ということに過ぎません。
事業継承の際には、「これまでの運営や報酬請求などが、本当に法令や運営基準に則っているのか」という点を、改めて確認し直し、細かく契約書に明記しておくことが重要になります。
契約書は「信頼がないから作る」のではない!
この必要性を指摘すると、「あまり細かく再確認し、契約書に明記するのは相手を疑っているみたいで気が引ける」とおっしゃる方もいます。
しかし、契約書は信頼がないから作るものではありません。お互いの認識をそろえ、後から「そんなつもりではなかった」を防ぐための重要な道具であることを忘れてはなりません。
「事実を確認し合う」という考え方
事業承継の契約書では、特に、以下の事実関係を、お互いに確認し合う必要があります。
- 現在の利用者数
- 算定している加算の状況
- 行政から指摘を受けていないか
- 将来問題になりそうな点がないか
法律の世界では、こうした「事実についての確認と約束」を「表明保証(ひょうめいほしょう)」と呼びます。難しい言葉ですが、意味はシンプルです。「この事業所は、現在どのような状態にあるのか」という前提を、契約書の中であらかじめ確認しておくということです。
具体的には、以下の内容を、契約書に書いておくことが重要です。
本事業所は、これまで介護保険制度の運営基準に沿って適切に運営されています。
現時点において、過去の運営に関して介護サービス費の返還請求を受ける事態は想定されていません。万が一、承継後に、承継前の運営を理由として返還請求が生じた場合であっても、前の事業者は、責任を負いません。
ケアマネに持っておいてほしい視点
なお、私はケアマネの皆さんに「表明保証の条文を書けるようになってほしい」と言っているわけではありません。条文の作成は、法律の専門家に依頼すべきでしょう。
ただ、次の視点を持つ必要はあると思います。
- 事業所の承継について、前提になっている重要な事実があるのか(例えば、過去の運営について介護サービス費の返還が想定されていないこと等)
- 「聞いている話」と「書いてあること」は一致しているか
まとめ:最後に守ってくれるのは「書いてあること」
事業承継は、人と人との信頼関係があってこそ成り立ちます。しかし、信頼だけでは守れないものもあります。特に、引き継いだ後に起きるトラブルから身を守ってくれるのは、「言ったこと」ではなく、「書いてあること」です。
あとになってトラブルになった方のお話を伺うと、決まって耳にする言葉があります。
「契約書がなくても、大丈夫だと思っていた」。
残念ながら事業承継の現場において、これほど危うい言葉はありません。いまは円満に話が進んでいたとしても、数か月後、数年後に、人の立場や経営環境、周囲の状況が変わることは、決して珍しいことではないからです。
事業継承シリーズの最終回として、ぜひ覚えておいていただきたいことがあります。
契約書は、相手を疑うためのものではありません。未来の自分を守るためのものです。
また、事業所を譲り渡す側にとっても、事業承継は「終わり」ではありません。これまで大切に運営してきた事業所を無事に次の世代へ引き継ぎ、その後の時間を、安心して歩んでいくための「新たなスタート」です。
だからこそ、合意した内容を、きちんと「契約書」という形で残しておくこと。それが、後悔のない事業承継につながる、何よりの備えになります。

- 武田竜太郎
- おかげさま横浜法律事務所所属の弁護士・公認会計士試験合格者。介護業界に珍しく、大手法律事務所で企業法務・M&Aに従事し、不動産会社での社内弁護士経験や公認会計士試験に合格し監査法人勤務経験を有し、外資系法律事務所での実務を経て、現職。2025年には介護職員初任者研修を修了し、法務・会計の専門知識と現場理解を兼ね備え、介護・福祉事業者の支援に取り組んでいる。
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