弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」

特別編・とんでもない指導をする保険者に、ケアマネらが勝訴!

今年1月15日、私が代理人を務める行政訴訟が勝訴判決として確定しました。一介護事業所が保険者に裁判で勝つ、という大変珍しいケースです。地裁の判決ではありますが、後の実務(行政側からみた運営指導)に重い教訓をもたらすものであることから、今回は特別編として、この裁判の詳細を紹介します。

本件を正式な名称でいうと「大阪地方裁判所第7民事部、令和3年(行ウ)第82号 介護給付費返還義務不存在確認請求事件」となります。

訴えた側(原告)は、ケアマネ事業所を営む株式会社。被告は寝屋川市(以下「市」)でした。

市が「3000万円返還」を求めた理由とは…

さっそく、その概要を見ていきましょう。

きっかけは2020年11月24日、市が原告の事業所に、国の定める運営基準第4条2項(以下「本規定」)に違反するとして介護報酬の全額返還を求めたことです。

本規定は「利用者は複数の指定居宅サービス事業者等を紹介するよう(ケアマネに)求めることができること等につき説明」することを義務付けたものですが、市は「原告の用いていた説明書に同文が記載されていない」という理由のみをもって利用者116名分につき生じたケアマネとしてのサービス提供が無効であると断罪。後日、2926万7249円(!)の返還を請求してきたのです。

これに対し原告は、「当該返還債務の不存在確認訴訟」を提起しました。具体的には、原告の交付した書面には、市が「文書がない」と指摘している内容と同じような記載があることに加え、すべての利用者に本規定と同意義の説明をしていたことから、違反は認められないと主張。行政処分の撤回を求めました。

原告は「困った時のAさん」と地域で頼られる存在

ここで市から3000万円近くの返還を求められてしまった原告事業所代表のAさんから送られた、最初のメールの一部を紹介します。

「寝屋川市は『今月末までにすべての返還計画を出せ、返還できなくて(事業所を)閉めるなら早く言え、返せなければ市の弁護士と相談して経営者の個人資産から返還してもらう』とのことでした。法律上は正しい言動なのでしょうけれど、ただの弱いものいじめだと感じています」
「今まで本当に24時間対応で休みもなく誰かのために頑張ってきた、家族はどれだけ我慢をしてきたことかと思うと、いくらなんでも、そんな負債は残せないので、生命保険に入って死んだらいいのかなと昨日考えて(しまいました)」
「(自殺するくらいなら)会社の利用者と従業員すべてを、友人の事業所に移してから、寝屋川市と戦えないかと思ったりもしました。でも、小心者だから、何もできないんですけどね」

この文面だけでもわかりますが、Aさんは、あらゆるご利用者と真摯に向き合ってきた方です。以下はその一例です。

元路上生活のご利用者。駐車場で倒れていたところを救急搬送されたものの、病院から「支払い能力がない上に家もないので当院では面倒を見れないから何とかしてくれ」と依頼を受けた。
生活保護取得の支援や住居を一緒に探し、介護保険認定を受けた後、担当ご利用者となった。当初3か月ほどは無報酬であったが、小規模であるがゆえに融通が利き臨機応変な対応が可能である、うちにしかできないとの意識から、生活再建のため必要な全ての手続を無償で支援した。
デイサービスやヘルパーを紹介してもなかなか馴染めず、何度も体験利用や事業所変更を繰り返された。最終的には全てのサービスに納得頂け、生活が安定した。

このように、ご利用者がサービスを気に入らなければ何度でも別の事業者を紹介し、時には生活保護の手続や家族全員のサポートまでしながら粘り強く課題を解決する方でした。その実力は広く認められ、地域包括支援センターや保健所からも「困ったときのAさん」と頼りにされていました。

さらに「入浴をしたということではなく、その方が入浴をしてどう感じたかを大切にしたい」「ご利用者に対して、複数のサービス・事業所を提案し、体験などを重ねて本人や家族に選んでいただく」という理念や行動に共鳴し、多くのケアマネがAさんの元に集まり、共に活動しています。共に働くケアマネは皆、口をそろえてこう言います。

「この事業所では、ケアマネ同士が相談でき、何かあったら一緒に動くことができる。本当に珍しい事業所だ」

Aさんの事業所が、困難事例も断ることなく受け続けることができているのは、他事業所とのチームケアだけでなく、事業所の構成員自体が強固なチームであり続けているからなのです。

「紙で書かれたことがすべて」「家を売ってでも返せ」

そんなAさんの事業所に実地指導のためにやってきた市の担当官は、重要事項説明書を一瞥したとたん、こう言い放ったそうです。

「紙に書かれたことがすべて。一言一句変えずに書いてください」

そして、ごく機械的に法令の文言が書かれていないというだけで、数年分100名以上の利用者に対する介護報酬と特定事業所加算の返還を命じたのです。さらに担当官はAさんに「家を売ってでも返してもらう」と迫ったとか‥‥。Aさんの絶望は想像を絶するものがあります。

裁判所が認めた「市の指導の誤り」

まず私たちは、介護保険課と寝屋川市長宛てに手紙を送り、この指導は不当であると訴えました。しかし市はこれに耳を傾けることはありませんでした。それどころか「3日後には、改めて監査を実施する」と宣告してきたのです。結果的には監査がなされても何も追加の違反は見出されませんでしたが、それでも市は介護報酬の全額返還(3000万円弱)の請求は引っ込めませんでした。

事ここに至り、追い詰められた事業所にとることができる手段は訴訟しか残されていませんでした。

そして2年以上の争訟の末、ついに裁判所が「市の指導が誤りである」と認めたのです。

判決の中身や法律論については詳述しませんが、要約しますと、裁判所は「複数の事業所を紹介するよう求めることができる、という運営基準4条2項の文言は必ずしも書面に記載しなければならないものではなく、利用者や家族に分かりやすく説明すれば足りる」との規範を示し、「説明をしていないことの主張・立証責任は行政側が負う」という原理原則論を確認しました。その上で、「本件では寝屋川市は利用者や家族への聞き取り等必要な調査をしておらず、原告側の提出した証拠からは却ってきちんと説明していたことが認められる」と結論づけたのです。
※興味のある方はこちらの動画もご視聴ください。

2021年7月に始まった裁判は、2023年10月19日に判決が言渡されました。この時点で勝訴を喜びたかったのですが、日本の裁判は控訴(いわゆるリベンジ)が可能であり、市側が控訴してきたので勝利はお預けとなりました。ところが年が明けて、突然市側が「控訴を取り下げる」と申し出たのです。これにより本裁判はこちらの勝訴で確定しました。

原告の想い「事業者と保険者は介護保険制度の両輪」

今回の裁判でAさんは「介護支援専門員は利用者の生活だけでなく、介護保険制度をも、守っていく存在である」との信念を持ち、貫かれました。この信念を破壊しようとした者が、外ならぬ保険者であったということが残念でなりません。

事業者の活動の実態を見極めようとせずに書面のみですべての判断した上、事業所の存続や介護従事者の生活までも危うくするような処分を下すことが、公の指導といえるはずがありません。今回の判例は、その当たり前のことを改めて全国の保険者に示したものといえるでしょう。

最後に、判決を受けたAさんの想いを記しておきます。

「何かの文章が書いてあるかどうかを見て指導するのは実地指導でするべきことではなく、事前に書類提出などで確認すべきことです。実地指導は、できていることを認めるより介護保険制度の理想に近づけるためのアドバイスをするべき場だと思います。事業者と保険者は介護保険制度の両輪であり、ともに利用者を支える立場であり、相反するものではないと思います。重箱の隅をつつくような、返還ありきの姿勢は本当に改めてもらいたいです」

外岡潤
1980年札幌生まれ。99年東京大学文科Ⅰ類入学、2005年に司法試験合格。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)後、ブレークモア法律事務所、城山総合法律事務所を経て、09年4月法律事務所おかげさまを設立。09年8月ホームヘルパー2級取得。09年10月視覚障害者移動介護従業者(視覚ガイドヘルパー)取得。セミナー・講演などで専門的な話を分かりやすく、楽しく説明することを得意とし、特に独自の経験と論理に基づいた介護トラブルの回避に関するセミナーには定評がある。主な著書は『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)、『介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~』(メディカ出版)、『介護職員のためのリスクマネジメント養成講座』(レクシスネクシス・ジャパン)など。「弁護士 外岡 潤が教える介護トラブル解決チャンネル」も、運営中。

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