

結城教授の深掘り!介護保険
2025年まで1年弱…はたして地域包括ケアシステムは実現するのか?
- 2024/02/21 09:00 配信
- 結城教授の深掘り!介護保険
- 結城康博
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「団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムを構築する」。厚生労働省が掲げる「地域包括ケアシステム」に関する目標だ。だが、その目標は本当に実現できるのだろうか。そして、2024年度の介護報酬改定(24改定)は、その実現を後押しする内容となっているだろうか。今回は、この点を深堀りする。
「深化」でなく「ファンタジー」化ではないか?
24改定の大きなコンセプトの1つとして「地域包括ケアシステムの深化・推進」が示されている。この「深化」のための具体策と位置付けられているのが、「質の高いケアマネジメント」と「在宅における医療や介護の連携強化」などの推進である。
しかし、これらの推進だけでは「地域包括ケアシステム」は実現できない。というより、これらの推進のみで地域包括ケアシステムを実現できるなどというストーリーは、まったく現実味のない「ファンタジー」と言わざるを得ない。
控えめに例えるなら、「食材は全く不十分だが、腕の良いコックと超高級調理機器を整え、極上料理を作り上げます」と言っているようなものだ。
このたとえ話、地域包括ケアシステムを「極上料理」に、腕の良いコックと超高級調理器を「質の高いケアマネジメント」と「在宅における医療や介護の連携強化」になぞらえた。そして、不十分「食材」は、基礎的な在宅介護サービスをイメージしている。
つまり、私が言いたいのはこういう事だ。
「基礎的な在宅介護サービスが不十分なままでは、どんな施策を講じたところで、地域包括ケアシスシステムの構築など絵空事に過ぎない」
訪問介護サービスの基本報酬引き下げは致命的
在宅サービスの不十分さで、地域包括ケアシステムがファンタジーと化してしまうかもしれない―。こんなふうに私が懸念する最大の要因は、24改定における訪問介護の基本報酬引き下げにある。
この点について厚労省は「処遇改善加算」を充実させた上、「認知症専門ケア加算」「特定事業所加算」などの加算も拡充したため、基本報酬引き下げ分は問題ないと考えているようである。
しかし、こうした加算の充実のみで訪問介護サービスは拡充するだろうか?
真に在宅介護を推進し「地域包括ケアシステム」を深化させるのであれば、訪問介護の供給増を目指さなければならない。もちろん、ヘルパーの賃金引き上げは、もっとも重要な取り組みだ。だが、同時に訪問介護事業者が前向きに事業に整える環境も整えなければならない。
当たり前のことだが、処遇改善が進み、ヘルパーとして働きたい人が増えたとしても、そうした人を雇い、まとめて労務管理なども行う訪問介護事業所がなければ、現場で働く人が増えるはずがない。
にもかかわらず、24改定では訪問介護の基本報酬は引き下げられた。これにより、新たに訪問介護事業へ参入しようとする事業者は、ぐっと少なくなるに違いない。
ヘルパー枯渇が間近に迫っているという現実
そもそも厚労省は「ヘルパーがもうすぐ枯渇しかねない」という現実をどのくらい認識しているのだろう。
介護労働安定センターの資料によれば、ヘルパーの従事者のうち65歳以上の占める割合は26.3%と他の専門職を圧倒している(図を参照)。そのため現場では70歳代の高齢ヘルパーが、80歳代の要介護者をケアする「老老支援」があたりまえになってしまった。
中には「活躍できる人であれば、年齢など関係ない!」と考える人がいるかもしれない。その原則に誤りはない。だが一方で、年をとればとるほど体力は衰えていくという現実もある。そしてヘルパーという専門職は、どうやっても体力が求められる仕事である。75歳前後でも、現役世代並みに「身体介護」をこなす人もいないわけではないが、そんなスーパーヘルパーは圧倒的に少数派だ。
さらに、加齢に伴う認知機能の衰えという現実もある。実際、高齢のヘルパーの中には、訪問時間を間違えたり、介護の段取りを間違えたりといった小さなトラブルを起こしてしまうことに悩む人も少なくないようだ。
このように体力面でも認知機能でも苦労を強いられている高齢ヘルパーが、あと10年、15年と働き続ける可能性は低い。近い将来、ヘルパーの大量離職時代に突入するのは、ほぼ確実といえる。
そして、近未来のヘルパー大量離職時代に備えるためにも、24改定では、訪問介護の報酬は少しでもあげるべきだった。それが無理なら、せめて維持すべきだったのだ。
図 介護現場の職業別(専門職)別65歳以上が占める割合

サ高住や有料老人ホーム系のみが生き残る!
ただ、中には「昨年の介護事業経営実態調査では、訪問介護の収支差率は良好だったから、24改定のわずかな引き下げは、それほど影響しないはず」と思う人もいるだろう。
確かに、訪問介護全体の収支差率は7.8%だった。だが、この「黒字」の主な原動力となったのは、サ高住や有料老人ホーム系(主に住宅型)の訪問介護事業所である。サ高住や有料老人ホーム系の訪問介護事業所は、例え減算の対象となったとしても、移動の手間もなく一定の顧客が確保されているため、充分な収益を見込める計算が成り立つのだ。
一方、個人宅を訪問介護する場合、移動経費(車両、ガソリン代など)がかさみ、採算性は圧倒的に悪くなる。中山間地域の事業所であれば、なおさらだ。
こうした状況を思えば、24改定の影響で訪問介護事業者、特に個人宅を訪問する事業者で「後継者の確保ができずに廃業」が相次ぐ事態に陥るかもしれない。一方、サ高住や有料老人ホームに併設された訪問介護事業者は、あまり改定の影響を受けず、しっかり存続できるだろう。
どうやっても暗い未来しか予測できない…
繰り言になってしまうが、まっとうな形で地域包括ケアシステムを深化させるのであれば、どう考えても、個人宅を対象とする訪問介護事業所の基本報酬は引き上げるべきであった。
財源がないというなら、サ高住や有料老人ホームにおける訪問介護の同一建物減算を強化し、それによって浮いた財源を個人宅向けの訪問介護事業者へ配分するといった「メリハリ」をつけるべきであった。また特養や老健、デイサービス、居宅介護支援など他の介護分野の報酬引き上げ分をいくばくか抑えて、個人宅向けの訪問介護事業者への基本報酬を1単位でも、2単位でも引き上げるべきであった。
それが実現できなかった以上、近い将来、訪問介護のサービス提供体制が崩壊しても何の不思議もない。そして令和が終わり、次の元号が使われるころには「24改定での訪問介護分野の基本報酬引き下げこそが、地域包括ケアシステムを絵空事にしてしまった失策である」と、歴史学者に評価されてしまうのではないだろうか。
当然のことだが私は、地域包括ケアシステムが普及し、誰もが住み慣れた地域でずっと暮らせる社会が実現することをこいねがっている。だが、24改定の結果を見ると、どうしても、どうやっても、暗い未来しか予想できないのだ。

- 結城康博
- 1969年、北海道生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒、法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。介護職やケアマネジャー、地域包括支援センター職員として介護系の仕事に10年間従事。現在、淑徳大学教授(社会保障論、社会福祉学)。社会福祉士や介護福祉士、ケアマネジャーの資格も持つ。著書に岩波ブックレット『介護職がいなくなる』など、その他著書多数がある。
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